中村祐太(三味線奏者)

第20回 中村祐太(津軽三味線奏者)

静岡県浜松市出身、1995年3月7日生まれ。
10歳の頃より、祖父である平野英次に師事し、津軽三味線を始める。
高校卒業と同時に、津軽三味線の本場である青森県に移住。
渋谷和生氏に師事し、「津軽三味線ライブ あいや」にて3年間修業を積んだ後、山田流和三絃會の師範を取得。
2016年より活動拠点を地元浜松市に置き、民謡の伴奏(唄付け)を松田隆行氏に師事。
<活動実績>
現在はソロ活動、民謡や演歌伴奏等、県内県外問わず活動を広げている。
【大会受賞歴】
2013年 津軽三味線全日本金木大会 C級入賞
2014年 津軽三味線全日本金木大会 B級準優勝
2015年 津軽三味線世界大会 B級優勝
2015年 津軽三味線世界大会 唄付け部門 敢闘賞
2015年 津軽三味線全国大会inびわ湖 一般の部入賞
2016年 津軽三味線全国大会inびわ湖 曲弾日本一部門入賞
2016年 津軽三味線全国大会inびわ湖 唄付日本一部門準優勝
2017年 津軽三味線世界大会 A級入賞
2017年 津軽三味線世界大会 唄付A級 準優勝
2017年 津軽三味線腕比べ 上級の部 準優勝
2017年 津軽三味線全国大会inびわ湖 曲弾日本一部門入賞
2017年 津軽三味線全国大会inびわ湖 唄付日本一部門優勝

1) 津軽三味線をやったきっかけ
祖父が津軽三味線をやっていて、お腹に入っているときから、その音を聞いていたようです。
子供の頃の写真を見ると、太鼓をたたいていました。
小学校4年から、津軽三味線を始め、やったりやらなかったりしてたのですが、ある日、父親に「津軽三味線をやるのか?やらないのか?」と言われ、その言葉をきっかけに真剣に始めました。
小学校の間は津軽三味線をやってましたが、中学になってからは、ソフトテニスを始め、部活も忙しくて、津軽三味線をやる時間がありませんでした。

高校は、ソフトテニスの強い公立高校に行きたかったのですが、残念ながら、私立の高校に行きました。
そこには、硬式テニスしかなく、部活に入りませんでした。
ふとYouTubeを見てみたら、「津軽三味線の全国大会」の動画がアップされていました。
それを見て、衝撃を受けました。
「今まで、弾いていたのは何だったのか?」と思いました。
その動画を見て、めちゃめちゃかっこいいと思いました。
祖父はうどん・蕎麦屋をやっており、80年続くお店だったので、「それを継いでもいいかなぁ?」と思ったのですが、「それでは面白くないなぁ」と思いました。
渋谷和生先生という有名な方が、青森で「あいや」という津軽三味線酒場をやっていて、弟子を取っていることが分かりました。
一人で先生に会いに行き、「内弟子にしてください」とお願いした所、承諾して頂きました。

そこから、弟子入りしました。
内弟子と言っても、師匠の身の回りのことをやるということではなく、お店の手伝いをしたり、師匠が演奏されてる姿を見ながら、学びました。
最初は、2人兄弟子が居たのですが、一年で1人になり、そこから、師匠から見て盗まなければならないことを学びました。
また、師匠がいないときは、20分くらい自分が1人で演奏しなければならないシチュエーションも出てきました。
ですから、師匠の演奏を録音して、勉強して、学ぶということを始めました。
毎日ステージがあるので、それをどうやってやっていくか?が一番勉強になりました。

2) 今後の希望
一番の希望は、上達していくこと。
津軽三味線も芸事なので、これをやれば正解!というものはありませんが、まだまだ磨かなければならないことがいっぱいあります。
津軽三味線は、古典派と現代派に分かれます。
古典派は、伴奏が得意です。
有名な吉田兄弟は、現代派になります。
私は、得意分野が古典派なので、現代派も学んでいかなきゃいけないと思います。
これからも他楽器とのコラボなど、いろいろな経験を積み重ねていきたいです。

3) これから同じ道を目指す方へ
修行というものをやってみて、周りの人から「やりたいことは若いうちしかできない」と言われました。
もし、やりたいなら、常に、精一杯挑戦しつづけてほしいです。
本人が頑張っていれば、きっと周りの人は応援してくれます。

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