登坂亮太(ヴォーカリスト、作詞作曲家、プロデューサー、ボイストレーナー)

東京生まれ
シンガーソングライターとしての活動はもとより、詞曲提供や舞台の音楽監督、イベントのプロデュースやオーガナイズ、また自身もミュージカルやバレエ公演に出演し、様々なジャンルにてマルチに活動。

近年はプロデュースワークに力を入れ、シンガーをはじめ俳優、女優、タレント、モデル等の音楽活動全般をサポート。
コンセプト作りから詞曲提供、ヴォイスディレクションまでトータルで行いアーティストからの信頼も厚い。
奈美悦子さんのライブイベント「NAMI STYLE The LIVE」をプロデュース。オリジナル曲「もう一度…」「あなたらしく」を提供。

2007年、Mr Children『HOME』及び『HOME -in the field-』ツアーにはバックヴォーカルとして参加。
ap bank fes (2005年~2012年)、 ap BANG!!ではBankBandのメンバーとしてコーラスを務める。

アルバム『沿志奏逢2』(2008年)及び『沿志奏逢3』(2010年)でもコーラスとしてrecordingに参加している。
2010年には、弟、登坂太頼と「登坂兄弟」名義でキャタピラー(小林武史、若旦那、一青窈、GAKU-MC、Salyu)に参加。”あしあと”をリリース。

ap bank fesに多大な影響を受けて、2005年12月3日にgreen bird吉祥寺支部を立ち上げ、自身が支部長を務める。
井の頭恩賜公園の植生や生態系の保全活動などに参加するNPOの集合体、TOKYO NATURE LANDの理事でもある。
音楽を通じて自分対人間の循環、連鎖を確立していく事を模索中。
様々な人間と繋がっていきたいと願う。

Recording参加アーティスト(あいうえお順)
イ・ドンゴン、INFINITY 16、GAKU-MC、SHOCK EYE、中村中、BANKBAND etc…

Chorus参加アーティスト(あいうえお順)
AI、ASKA、中孝介、阿部真央、絢香、いきものがかり、石井竜也、伊藤由奈、今井美樹、AIR、大塚愛、大貫妙子、岡村靖幸、奥田民生、小田和正、甲斐よしひろ、GAKU-MC、加藤登紀子、KAN、吉川晃司、キマグレン、久保田利伸、Crystal Kay、KREVA、桑田佳祐、倖田來未、Salyu、SEAMO、JASON MRAZ、JUJU、スガシカオ、スキマスイッチ、Chara、Def Tech、トータス松本、ナオト・インティライミ、中村中、秦基博、PUFFY、BankBand、一青窈、氷室京介、平井堅、平原綾香、広瀬香美、FUNKY MONKY BABYS、福原美穂、藤井フミヤ、BENNIE K、布袋寅泰、BONNIE PINK、HOME MADE家族、ポルノグラフィティ、My Little Lover、真心ブラザーズ、Mr.Children、miwa、MINMI、ムッシュかまやつ、持田香織、矢井田瞳、ゆず、横山剣、RHYMESTER、RIP SLYME

1.音楽家になったきっかけ

最初から、音楽家を目指して訳ではありません。
両親共、バレエダンサーで実家はバレエの教室をやっていました。
弟はプロのバレエダンサーになりましたが、僕は、少しやりましたが、あまり興味が沸かず、アメリカンフットボールに夢中になり、高校、大学、実業団と、トータル10年以上アメリカンフットボールをやりました。
会社に入った理由も、アメリカンフットボールが出来るか?で選びました。
昔から腰を痛めて、騙しだましやっていたので、26歳位の時、ふと、「このままアメリカンフットボールをやっていてよいのか?」と思い退職し、転職しました。
転職したのは、アパレルのマネージャーでした。
100人以上をまとめる仕事でした。
実際にマネージャーをやっていると色々大変なこともありましたが、二年くらい働きました。

26,7歳の時に、親に「一度だけの人生、本当に好きなことをやらなくていいの?」と言われました。
普通の親なら、逆ですよね。びっくりしました。
「お金が足りなかったら貸すから、海外に行ってきたら?」と言われました。
「音楽でもやったら?」と言われて、本当に驚きました。
バンド経験もないし、「絶対に無理」と言いましたが、当時の周囲の友人の後押しもあり、飛込ました。

そして、脱サラしました。
もちろん、バイトしないと食べていけないので、飲食店でバイトしながらです。
ところが、飲食店のバイトが楽しくて、営業もマネージメントの経験もあるので、そのお店のオーナーから、「社員にならないか?」と誘っていただきましたが、「もう社員にはなりません」とお断りしたら、お店の「サービスのスキルアップコーチ」をしてくれと言ってもらいました。

大事MANブラザーズバンドのキーボードの吉田理恵さんがボイスレッスンをやっていらして、そのテストを受け、プロコースに行きました。
それと平行して様々なご縁もありMr.Childrenの櫻井さんと繋がる事が出来、Mr.Childrenの2007年のツアーにバックコーラスに入れていただきました。

それは、ボイトレを初めて、二、三年です。
それから、世界が広がりました。
歌うたい店長をして、お店を立ち上げたり、色々な経験をさせてもらいました。
今は、歌だけでは食べていけない時代なので、飲食と一緒にやることで、歌を続けていく事が出来ました。

ひと昔前までは、プロダクションが育てて、レコード会社がプロモーションを手がけて売ってくれましたが、今は、自分がYouTubeなどで個人でやって、閲覧数の多い人を事務所がデビューさせる時代です。

メジャーレーベルから出しても売れなくては、すぐに消えてしまいます。
インディーズレーベルから出しても、変らない時代になってきてしまいました。
結局は、アーティスト自身がアーティストであり、プロデューサーであり、プロモーションも、マネージメントも自分でやらないと生き残れない時代になってしまいました。
今、色々な方のプロデューサーやコンサルティングをやっていますが、客観性が必要な時代になったと思います。
特にこれからは動画で観ることで、「信頼性」が出せる時代です。

2.これからの目標・夢

自分は、良い具合に、飲食などの経験が役に立って、飲食のコンサルタント的な仕事が出来、音楽と両立出来ましたが、普通は、音楽をやっていても、披露する場もなく、食べて行くのも大変だと思います。
ですから、小さくてもいいので、美味しい食事が出来て、ライブも聞ける場所を作りたいと思っています。
本当の音楽人たちが、発信する基地です。
歌が聴けて美味しいものが食べれて、さらにインターネットでライブを発信できるものを作りたいです。
発信するものはちゃんとアーティストにお金が入るものにしたいですね。

作詞作曲も含め、色々な方のプロデュース的な仕事も好きでとても充実しています。
ジャンル問わずに様々なプロデュースをどんどんやっていきたいです。

3.音楽家を目指す人へのメッセージ

最初はラッキーでしたが基礎的なものがなくて、最初は凄く苦労しました。
チャンスが先に来て、それに追いつくために、勉強し、努力するのが大変でしたので、出来るなら、ある程度のレベルまで基礎力を育てておいた方が、チャンスはつかみやすいと思います。
また、今はYouTubeなどを使って自分の創った楽曲や歌を聞いてもらうチャンスは、たくさんありますので、それを使って、研究し、自分を売り出していく方法を考えてほしいです。

(2018年4月取材)


 

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